2010年11月13日

「君が代」のさざれ石

朝日朝刊 (2010年11月13日)「日本の中心は誰でしょう?」なんて、何処かの番組の雑質問のようで、ホント馬鹿々々しい話です。

これは、私達日本人自身のだらしなさが原因ですが、“だらしない”というのは、実は科学分野の常識でもある『エントロピーの増大』という自然現象の一例なのですがね。

これは、簡単に言うと『無秩序の度合いが、大きくなる』ということですが、将に日本ではそうした“無秩序化の傾向”が、他国よりもずっと早く、また強いようです。それは、第二次世界大戦後、日本人が見事に骨抜きにされてしまったからだと言われていますが。(要は、タコのような軟体動物にされてしまった!)

「君が代」の歌詞『エントロピーの増大』で思い出すのは、日本の国家「君が代」です。

これは、一見SF的な内容で厳かな響きがあるため、好まない人達も居るようですが、実に深遠な意味があるように思います。
小石が、大きな巌(いわお)になるというのですから、「エントロピー増大」という自然の法則に逆行する事甚だしいですね。

自然法則に従うなら、大きな巌が小石群へと崩れて行くだけですが、もし、その逆行を願いそれが実現出来るなら、生物・人間として本望本願ではないかと!

というのは、人間や生物達
が「生きている/命がある」ってのは、「エントロピーを減少させる行為」ですし、生物総てが、その自然の法則『エントロピーの増大』に抵抗して、存在しようと生きて(頑張って)いることなのです。
そして、その“戦い”に負けた時、元の砂や塵に還り、「エントロピーを増大」させるってわけ。

自分達が死んでも、次世代を育て、自分達の命を繋いで行く営みは、生物だからこそやれる事だし、また長寿を願うのも然り。
命が大切だという思いは、「生物」と「自然法則」との“戦い”で、私達は生物の側に立つからです。

だから、『君が代』を粗末にするって事は、生物としての自然法則との戦いと人間の深遠な理想をやっかむ、崩れた塵芥(ちりあくた)の類 なのかもしれませんね。
(まぁ、エントロピーってのをちゃんと習わなかった政治家や文学者も沢山居るようで、寂しいですね)

posted by 亭主 at 08:19 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
エントロピーは増大しますってな話を二十歳のころある経営者と話をしますと、そんな話題を振ってきたのはお前だけだと言われたのを思い出します。
まあ餓鬼の意気がりみたいなもんですが。
ともあれ、新聞やテレビなどの報道機関が実はかなり怪しいと言うことに言及されたのはいいことだと存じます。
Posted by 毒舌院 at 2010年11月13日 20:04
「餓鬼の粋がり」に聞こえるのも、尤もでしょうね。あまり、ポピュラーでない意見は、大抵そんなもんです。これが、(権威ある)外国のなんちゃら博士の意見だったら、結構受けるんでしょうけど。
それにしても、個性が出せない首相や大臣ってのも、悲しいものですねぇ。前首相の“個性の有り過ぎ”も、場違いでしたが。
Posted by 亭主 at 2010年11月13日 23:15
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