2016年08月31日

憲法の何が書きたいの?

東京新聞 (2016年8月30日)東京新聞 (2016年8月30日)

この論説委員、恥ずかしげも無く、まだ書いてるの?
で、この記事で、何が云いたいのかな?

「権利!、権利!」って云う言葉を沢山盛っているけれど、それは誰が担保してくれるのかね?
この論説子のいう「真理」が担保|保障してくれるわけでもなかろう?!

先般、ISのジハーディ・ジョンとかいう輩に、殺害された後藤健二さんの「生存の権利」は、何処へ行ったのやら?(んで、「真理」は保障してくれたのかねぇ)
また、南シナ海で漁場を追われたフィリピンやベトナムの漁民達の「生活・生存の権利」は、その「真理」とやらで保障されているのかね?

この記事は、詩人の谷川俊太郎さんの翻訳や憲法学者の石川健治東大教授の話を摘み食いして、自分なりに適当に解釈して、ただ悦に入ってるだけかな?(苦笑)
記事曰く、
... 第三〇条は「権利を奪う『権利』はない」。真理である。例えば基本的人権はどんなことがあっても奪われない。たとえ国民が選んだ国家権力であれ、その力を乱用する恐れがあるため、憲法という鎖で縛ってある。その目的は人権保障であり、個人の尊重である。

で?纏めはこれ?
... 自民党の憲法改正草案は、その重要な九七条を全文削除する。権利を奪う「権利」はない−、それが過去から受け継ぐ真理だ。

まあ、現代の常識から言えば、「権利」ってのは、与えられるものではなくて、奪い取るもののようだけどな。
だから、“与えて下さい!恵んで下さい!”とお願いする/叫ぶ“権利”は有っても、それが常に与えられるものではないってのが、現実の『真理』のようだぜ!

私達一般読者を説得しようというなら、もっと論理的に筋が通っていて、なるほど!それは過去から現代にまで通用する「真理」だ!それなら納得出来る!ってな話にしなさいよ。
もう今時は、“時代遅れの独り善がり記事”ではダメなんだぜ!

憲法記事を書くなら、日本国の今の「昭和憲法」が、以前の「明治憲法」と、何処が違って、それは何故違うのか、何処の重みを変えたのかなどを、もっと勉強し、分析し直してからにしなさい!
でなければ、「真理」だとか、「将来の、未来の」なんて言葉は、軽々しく使ってはいけませんぜ!

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posted by 亭主 at 07:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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