2017年03月10日

スケベな売名家(?)

oph03101.jpg産経ニュース (2017年3月7日)

この記事の見出し(村上春樹さん新作、「南京事件」犠牲者「四十万人というものも」で波紋 中国・人民日報サイトも報道」)を見て、(非愛読者の)私一般庶民、市民は、村上春樹という人物に、ヤラシサ&スケベ根性を見た。
きっと、ご自分に愛読者やファンが多いことを意識した上で、自分の「反戦思想」を、チョイ出しにして見せたってことだろう。
それで、世界の読者に媚びてみせたわけだ。
日本人の反戦思想”ってのは、欧米人やシナ・中国人には受けがいいってのは、彼らには、日本人とは違った意味で(シモネタ風の)“面白い話”だからね。

[事実を曲げる小説家]
日本人の“反戦思想”の話は、後で。
先に、小説家についていうと、小説家ってのは、他人が書いた小説は読まないという人も多いが、小説ってのは“自らの創作”だから、当然かもしれない。
だが、科学的な事実や歴史的な資料などは、丹念に調べる人も多いと聞く。
時には自らがその地に赴いて調査する、それも現場での(聞きたい話の)聞き取りだけでなく、埋もれている事実の掘り起こしまで、丹念にされることもあるそうだ。
例えば、沢木耕太郎氏の著作「深夜特急」や「」などでは、そうした“地道な努力”がなされているんだろうなと思った。
(まるで、決して嘘は書くまい!と決心されている?!かのように)

[イヤラシサの素]
だが、この記事にある村上春樹という人物は、果たして、様々な歴史資料をちゃんと調べてみたのだろうか?
私達非読者が見るところ、二通りの想像が出来る。

まず、一切自分では調査もせず、日本の反戦運動家達の話をそのまま鵜呑みにしていて、自分もそれに共感しているが、下手にそのまま(嘘)を書くと非難を浴びそうだから、あからさまには書きたくない小説家。
もう一つは、実はご自分で色々調べて見て、どうも「南京事件」なんて真っ赤な作り話だったと分かったが、自分の小説で話題作りをする/味付けをするのに格好の素材とみて、こうした“怪しげな話題”を紛れ込ませた小説家。
いずれにしても、中途半端なスケベな小説家には違いない!(嘲笑)

[旧日本軍人達の素行]
実は、一部で犯罪行為やそれに近い行為があったにしても、旧日本軍人全体は、それ程お粗末な人達ではなかったと、今の私達日本の一般庶民・市民は、考えたし、今でもそう思う。
兎に角、欧米に遅れを取らないよう必死で近代化を図ろうとしていた(私達の)日本の軍隊が、採っていた基本姿勢は、「規律正しい軍人達とその軍隊」であり、国際的な取り決めも、きちんと守って行こうとしていたことだ。

それは、“民間人には決して手は出さない”、むしろ“民間人は、匪賊・私服共産党軍の略奪などからの保護の対象”だったということ。
そして、“軍事的な捕虜は、これを保護する”ということ。
ただし、私服で変装した“ゲリラ兵/便衣兵”は、国際ルール違反だし、超危険だから、捕らえたら即座に処刑するということ。
加えて、日本人古来の“武士道精神の遵守”で、将校クラスが(切れもしない!)軍刀を腰から提げていたこと。

また、(時代は下るが)「バターン死の行進」で、日本軍人は鬼のような連中だと喧伝された時期があったが、(ビックリするほど大勢出て来た)“軍事捕虜”を、処置に困って、生かしたまま捕虜収容所に運ぶ手段も無い中、歩かせた!という話で、別途(欧米風、シナ人風に)“皆殺しせよ!”という声もあったのに、現場では、これを敢えて
(人道的に)無視し、移送したり、解放したのが実情だそうな。

これらを考え合わせれば、「南京(民間人の大虐殺)事件」なんて、明らかに作られた小説、嘘の作り話だと分かる。

...因みに、昨今では、軍隊式の規律正しい事を忌み嫌う風潮があるが、規律を外れた/外した行為が、実は、どれほど人間性を損なうもの/そうした行為を誘発するものであるかを知らない/分からない人が多いんだけど。(困ったものだ!)

[神道や武士道精神の無理解]
こうした、日本軍人達の高い「神道的精神」や「武士道精神」は、(現場に居なかった)シナ・中国人や欧米人達には、到底理解し難いものだろう。
逆に、何故皆殺しにしなかったのか?(ヘンだぜ!)当然、邪魔な捕虜や民間人は、皆殺しにして後腐れの無いようにするべきだ!(したはずだ!)というのが、連中の通常の精神構造なのだ。
それは、今でも根強く残っている。ただ、それは、現代の“良識”(?)や、女性的な“優しさ”(!)に押されて、影を潜めているのが現状だ。
だから、大嘘であっても、“南京市民皆殺し説”なんて話は、現代世界でも、(そりゃ普通だろ!って)すんなり受け入れられてしまうのだ。

...だが、日本人の精神構造は違う!欧米人や、シナ・中国人とは、まったく違う精神構造を持っているのだ!
(ただ、中には異種の欧米人風になりたくて、懸命に同族の日本人を貶めようとする連中も居るには居るがな)

日本人の反戦思想
私達日本人は、海に守られたこの島国で、ぬくぬくと自分達の生活を営んで来た。
この海の障壁は、どれほど「日本国の防衛」に役立って来たことか。
今、米国では、そうした障壁の代わりに、国境沿いに“厚い壁”でも設けないとタマラン!と悲鳴を上げ始めたわけだ。
また、朝鮮半島では、北と南の間に軍事的な境界線を引いて、お互いの軍隊が対峙・睨み合っているのが現状だ。

私達日本人は、そうした“海という防壁”をまったく意識していなくて、(自然の恵みとして)無料で、日本国民は平和安泰を享受出来るはずだと思い込んでいる。
そのため、私達日本人の平和主義、反戦思想は、常に“相手が居ない戦争”を空想しているわけだ。

“日本人の反戦思想”は、皆が皆、“戦争とは、相手があって、相手側からも仕掛けられる怖ろしいことだ”って事実に、無関心か分からない(振りをする)のが基本/得意だ。
「自分達が、武装しなければ/武器を棄てて無防備になっていれば、戦争は起きない」なんて、お人好しなことしか考えない/考えられない。(オソマツ!)

現に、音楽家の坂○龍一氏などは、反戦運動家らしいが、先日の北朝鮮からの「脅しのミサイル攻撃」などに、まるっきり無反応ではないかね?!
私達日本人庶民にすれば、それこそ鉦や太鼓で、“反戦!反戦だぞ!北朝鮮のミサイル攻撃など、危険な戦争の素だ!大反対!”って、鳴り物入りで大騒ぎして欲しいもんだがね。
あれはー、日本国を狙ったものではなくて、(国内の)米軍基地を狙ったものだろう...なんて(能天気な朝日新聞・毎日新聞・東京新聞調で)嘯いているのでは?(嘲笑)

要は、“日本人の反戦思想や運動”って、片輪/はんぱモノなんだ!...敵が居ないはずの戦争を空想し、その主張や手法も、敵側しか喜ばない/大喜びするシロモノなんだ。(あ、先般の日本学術会議の、私達日本国民の安全保障などそっちのけの検討委員会の連中もその類だが)
私達一般日本人から見ると、卑怯な利敵行為にしか見えない。

村上春樹氏の浅薄さ、イヤラシさ]
だけど、
私達日本民族・国民は、実は静かで高い精神性を持つ優しい民族なのだ。
敵のある程度の挑発も、ある程度は黙して受け止めるが、もし、危険行為に及ぶなら毅然と反撃するし、それが出来る特性や能力を持っている。(はずなんだが。苦笑)
シナ・中国は、それを計りかねて、そろりそろりと尖閣諸島廻りで様子見をしてやがる。(フン!)

まぁ、欧米人やシナ・中国人とは違い、日本人の精神構造は別種なんだ!ということを吹聴したり、小説にするには、小説家・村上春樹氏には、荷が重過ぎる、難し過ぎるんだろう。
むしろ、欧米の読者達に“媚びる小説家”でありたい、彼らの“受けを良くしたい”と思うあまり、(大江健三郎氏もその類らしいが)彼らが受け入れ易い話を混ぜ込むわけだ。

で、私達日本人が贈答品を差し出す時に言うのと同じ調子で、“(私達日本人は)つまらない種族ですが...”と書くわけだ。
そう書いても、(お人好しで思い遣りはあるが、愚かな)同族・日本人読者達にも、易々と受け入れられるし、シナ・中国人達には”待ってました!”と歓迎されるし、欧米人にも“ヨシヨシ!愛(う)い奴だ!”と歓迎して貰えるわけだ。(恥かし)

[私達日本人の願い]
私達一般の日本人庶民・市民は、村上春樹氏に忠告したい!
“小説”に嘘を混ぜ込む事、特に日本人を“わざと貶めるようなウソ”を入れる事はやめて貰いたい。
話を面白くし、世間が訳が分からず混乱して、それで小説の売り上げが上がるのを、陰でほくそ笑むのは、ズル過ぎるってことだ!
喩え、そういうつもりが無くても、現実がそう動けば、同じことだ!

真に「日本人の良心」があるなら、「私達日本人を、敵に売るな!」
是非、心して小説を書いて欲しい。それが出来ないなら、ノーベル文学賞など期待せずに、もう筆を折りなさい!

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posted by 亭主 at 12:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記