2016年05月31日

感情的に煽られる沖縄

朝日新聞 (2016年5月31日)朝日新聞 (2016年5月31日)

この記事を見る限り、米軍の新兵教育資料の内容としては、まったく穏当な沖縄評価だ。
むしろ、あまり深く掘り下げていない点で、私達日本の一般庶民・市民にとってはやや拍子抜けだが、米国側の教育資料なら文句を付ける筋合いのものでもない。
それを、沖縄のメディアや県(?)が、“(厳しい)他人批判だ!”と問題にしているらしい。
曰く、
...沖縄のメディアは「侮蔑的だ」と反発し、県は事実関係を調査する方針だ。
とか。(愚か!)

で、記事に依れば、資料の内容は、
・・・基地問題と沖縄の政治情勢については、基地がある自治体を反対色の強さで色分けして図示。「親米軍基地派」が経済界などの保守からなり、「反基地派」は市民団体や地元メディアが構成すると分析。沖縄での議論の傾向として、「論理的というより感情的」「二重基準」「責任転嫁」の三点を箇条書きで記している。
だそうな。(何処も、間違ってないがねぇ...)

[敵性語?]
この記事を読んで、第二次世界大戦中の日米双方の「言葉:英語、日本語」に対する姿勢の違いを思い出した。
戦争中、米国側は相手をよく知るために、日本語をしっかり研究させたそうだが、他方日本側は“英語は敵性語だ!”と毛嫌いし、使うことをあからさまに禁じていたそうだ。

どちらが、どれだけ自分達に有利になるかは、少し考えただけでも分かることなのに。
だが、今の“沖縄のメディア”は、「冷徹な論理的思考」ではなく、そうした単純な「感情論」だけで、沖縄県民を煽ろうとしているわけだ。

[沖縄県民への忠告]
“沖縄偏見メディア”に乗せられて浮かれたように踊る沖縄県民達に、提案・忠言したい。
いい加減に、眼を醒ましたらどうか?ね!と。
つまり、米軍や米軍基地を、もっと論理的・実利的に考えなさい!ってことだ。
他人が沖縄県をどう見ているか、自分達が他国からどう見られているか?なんて、そんなに気になるのなら、米国の次期大統領候補(トランプ氏)が、日本をどう考え、日本に対して何を要求しているか、よっく耳を済ませてみなさい!
(お情けで、米軍基地を置いてやってるんだぞ!って。費用を全額払え、それが嫌なら引き上げるぜ!ってさ)

いずれにせよ、他者の的確な評価を、真摯に聞く耳を持たなければ、やがて、自らの身を滅ぼす元になる。
...とはいえ、昨今は、身体だけは頑強だが、もう新たに知的な学習をする気力も能力も無い成人連中が多いらしいから、覚醒を期待するのは無駄かも知れない。後は、真面目な「思考」が出来る(若い)人達に期待するしかないだろうな。

posted by 亭主 at 08:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年05月28日

傲岸不遜、厚顔無恥?

産経ニュース (2016年5月27日)産経ニュース (2016年5月27日)

毎度のことながら、シナ・中国の物言いは、まことに身勝手で、謂わば、「傲岸不遜」とか「厚顔無恥」という(日本語の)言葉がピッタリだ!
多分、シナ・中国では、こうした言葉はもう死語なのかな?
日本では、こうした文化財の保護には気を付けているが、シナ・中国では省略や抹消が政府の方針らしいからなぁ。(皮肉)

中国外務省の華春瑩報道官のこうした発言は、先日の民進党の山尾志桜里政調会長らが出して来た“女性枠拡大”(産経ニュース:2016年5月26日)なる話を思い出させる。

[理や利の私物化]
それは、「」(物事のことわり)も「」(損得の評価)も自分勝手に設定したもので、周りの社会や他人や第三者を含めた全体での「」でもなければ、「」にもならないモノだからだ。
早い話、「私のモノは、私のモノ!アンタのものも、私のモノ!」って言い張ってるわけだ。

「理」や「利」と「現実」のバランスを考えた上で、皆が合議をしたのなら納得もしようが、「理」も通さずに、ごり押しだけで、自分の「利」だけを取ろうというのは、“厚かましい”を通り越して、“人倫にもとる”ことだ。

シナ・中国人には、元々そういった人間が多い人種だとは聞いているが、相変わらず衣食足りて来ても、一向に改めようとはしないらしいな。
(「理や利」が分かる)東洋人の一員として、甚だ恥ずかしいことだ!

[則を越えず、則を小細工せず]
何事も、“則を越えず”が一番いい!
勿論、その「」も、常に変化して行くものであろうし、一定に留まることはないだろう。
だから、長い年月を経て徐々に変って行くことは構わないし、また、「自然の摂理」からはそれが当然なのだが。

しかし、私達人間自らが、急いで無理矢理、捻じ曲げようとすれば、必ず折れて破綻を来たすものだ。
シナ・中国共産党政府の、世界征服(!)を急いで完結させたいという思いは、必ず「則」を越え、自らが破綻し、いずれは破滅するだろう。

シナ・中国政府に、忠言したい!
人民を煽るなどして、自国の領土拡張などは狙わない方がよい!
余程上手くやったとしても、私達の旧日本帝国の、朝鮮経営や満州経営と同じ轍を踏むことになるのだから。
中国チベット自治地域などのように、トゲを含んだままの苦しい運営(赤字経営)をしなければならないだろう。
あるいは、不毛の海域(南シナ海)にやたら投資(戦略的な)をしても、それに見合うような収益(「」)が上がらなければ、その事業は失敗なのだ。

ついでに、日本の民進党や国会議員達にも忠言しておきたい!
」や「」を考えずに「」だけで、法案を作るな!

例えば、「女性枠拡大」で、日本国のどんな「利」(=お金・収入)が増えるのだ?
増えるのは、支出借金(=国公債)だけではないか!
私達人間は、「自然の恵み」以上の収穫を得ることは出来ないんだぞ!
その「恵み」を増やすために、私達皆(特に男性達)が、様々な工夫をし、「自然の生産力」を上げて来たのだ。
自分自身で収穫を増やす努力をせずして、一部の人間だけで、他人の収穫を“横取り”をしよう!など考えるな!

自分が育てた分だけの収穫で満足しなさい!
もし、もっと欲しければ、(自力で)増やす努力をしなさい!
逆に、その努力をしないで「」を越えた要求をすることは、人間として許されないことだぞ!

そうした意味で、シナ・中国政府の発言の裏や日本民進党の法案の底意が、(良くない意味で)似ているということだ。

posted by 亭主 at 07:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年05月26日

似非科学者&似非宗教者

YOMIURI ONLINE (2016年5月23日)YOMIURI ONLINE (2016年5月23日)

この対談の中味ではなく、こうした対談そのものに、何か現代日本社会の愚かさ劣化・腐敗を見るような気がした。
それは、どちらの役者も、似非(=ニセモノ、疑似プロフェッショナル)なのに、その“素人芝居”が、“如何にも真面目な物語り”として扱われるからだ。

小保方嬢は、一人前の研究者・科学者でもないのに、さも研究者・科学者然として、「STAP現象の有無」を声高に叫んで、私達一般人を惑わして来た。
研究者としての能力が無いにも拘らず、(得られもしない夢のような)“大きな成果”だけを吹聴し、世の中を騒がせた責任は重い!
更に、彼女は、大勢の自然科学の研究者達を振り回し、コケにした上に、貴重な人材だった故笹井氏を、日本の科学・技術界から失わせてしまった。

だから、私達の社会・世間から強いバッシングを受けたのも、当然のことだ。
ただ、大騒ぎした私達社会も、読み捨てる寛容性が無かった事にも責任はあるのだが、それには黙って眼を瞑ろう。(苦笑)
兎に角、半素人・半専門家が入ってはいけない「仕事領域」に無理矢理入ろうとしたのが問題なのだ。

挙句に、その責任を逃がれようとするかの如く、“自分は被害者だ!”と叫んでいるわけだ。
それを“おーよしよし!”と同情する振りをする寂聴生臭尼も、私達一般庶民・市民から見ると、甚だ生臭い。(苦笑)
(本来なら、自然界追求の厳しさや緻密さの真厳性を、お釈迦様に代わって、とくとくとを説教しなければいけないんだぜ)

多分、小保方嬢は、人間としても研究者としてもまだ半人前だろうから、少し解説して進ぜよう!
自然界ってのは、生半可なやり方では、そう簡単に「新発見」などを許してはくれないんだ!
自分の新発見(つまり、当人の思い込みに過ぎないSTAP現象)が認められないのは、人間界の無能や狡さのせいではなくて、実は、自然界の厳しさなのだ。
研究者達が懸命に追試したが、現象を再現出来なかったということは、喩え、現象が(微かに)存在していたとしても、そんなモノだけでは、人間界での工業化や量産化は望めない、つまり私達皆の利益・利得にはならないってことだ。
となると、そんな“研究テーマ”は、「理研」でやるべき事ではなかったし、あの研究環境を責める資格も権利も、小保方嬢には無かったのだ!
ミスキャストをしてしまった故笹井氏は、自らの責任を取って命を絶たれたわけだが、小保方嬢にはそうした自然科学研究者に必要な「真摯さ」や「潔癖さ」は無いんだろ?

質の劣化、仕事の軟質化、軟弱化のこと]
実は、私達一般庶民・市民が、心配しているのは、能力の無い女性が、自己保護権(?女性の権利)を武器に、資格も能力も無いのに無理やりに専門社会の中に入り込もうとしていること、それによって日本社会全体に質が、どんどん軟弱化、弱体化、無能力化していることだ。

以前、女性自衛隊員が、(国民・他人を助けるよりも、)自分自身が助かることしか念頭に無かったという話があったが、「自分の仕事・任務の真髄は何か?」を知らずに、表面的にだけ「役・任務」に就いていたわけだ。
それは、人柄云々という問題ではなく、「女性の特性と任務の不一致」を、誰もが無視・知らん振りをしているからだ。「女性のDNA」は、自衛は出来ても他衛は出来ないのが、その本質なのに!

産経ニュース (2016年5月26日)産経ニュース (2016年5月26日)

この小保方嬢も、そうした悪例だが、更に凶悪な例が出て来た。
故民主党(現民進党)の山尾氏らが、提出しようとしている“女性議員定率法案(?衆院議員の女性比率を高めるための公選法改正案)”などは、(私達国民全体の利益を考え、適切な施策を出す能力を持つ)国会議員の質の向上を阻害しようという嫌らしい動きで、「国会議員として優れた資質の有無」よりも、単純に「女権のみ」を有利にしようという、愚か話なのだ。

日本国民皆の生活や安全を工夫し、向上させることが出来る国会議員の資質とは何か?という発想ではなくて、単に“女性比率を増やせば、物事が全て上手く行く”...とか、思っているらしい。そこには、女性が得意な分野だけが強調され、不得意な分野の分析やそこでの成果の少なさは、決して議論されない。(本末転倒!単純!馬鹿丸出し!ではないか)

...以前は、“女性を救え!や女性の権利を大事にしよう!”ということは、当然必要なことではあったが、現在の日本ではもう“危険な行き過ぎ状態”なのだ。
“何事も過ぎたるは及ばざるが如し”で、自分達女性を保護し、癒させるべき日本社会の力を、逆にせっせと殺いで来ているのだ!
「女性達の権利増強」や「個人権を公益より優先」させようとするのは、行き過ぎ・間違いというより、もう日本社会の自殺行為に等しい!
...まぁ、盲目的に“女性達の我侭要求”や“女性受難の話”に従う男性連中も多くなって来ているから、“行き過ぎ状態”を停める事が難しいのだが。(啼)

[ドイツの場合]
唐突な話だが、実は、日本国の財政は、年々赤字が積み上がっていて次第に酷くなっているが、これは「個人権や女性権増大の行き過ぎ」と対応していると見ている。
実は、その因果関係を事細かく説明・証明するはかなり難事で、離れ過ぎているために、ややもすると“風が吹けば桶屋が儲かる”の類に見られる恐れはあるのだが。

だが、ドイツと対比してみると、ある程度の証明にはなる。
彼の国(いや彼女の国?笑)の財政状態は、まったく堅実で、健全だそうだ。
それは、彼女(メルケル首相)には、「ドイツ国民全体のこと」を考える智恵とバランス感覚があるからだろう。(あ、イギリスには、鉄の宰相:サッチャー元首相も居られた!)

日本国は、その逆で、男性議員達が、女性達のご機嫌を取るために、他に良い智恵も無く、ひたすら「借金」で「個人権や女性権充足」の“代価支払い”をして来たからだ。

それはどんどん積み上がって来たし、もうそれが留まることはなかろう。
安倍首相にも、それを留める策は無く、日本国は走り続ける「自転車・バイク操業」を続けざるを得ないわけだ。
個人権や女性権充足の行き過ぎ」を抑制・是正しない限り、「財政負債の積み上がり」は、どこまでも続くだろう。
そして、やがては借金で首が廻らなくなり、外国ハゲタカ資本に乗っ取られ、生活だけでなく思想にまで首枷を嵌められてしまう世の中に、落ちてしまうだろうな。
...そうしたくはないものだが。
posted by 亭主 at 09:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年05月23日

煽てられ 道 間違えるな高校生!

東京新聞 (2016年5月22日)東京新聞 (2016年5月22日)

この東京新聞の論説委員は、(自分では格好が良いつもりで、)“主役は高校生たちだ!”って、書いているけど、高校生諸君は、そんな“おだて”にあんちょこに乗ってはいかんぜよ!

記事曰く、
...生徒たちの過激化を抑え込もうと、文部省は六九年に、校内外を問わず政治活動を一律に禁止しました。憲法で保障された集会や結社、表現の自由、良心や思想の自由を傷つけてまで、現実政治から高校生を遠ざけてしまった。
 学校は管理統制を強めます。生徒会の自治はもがれ、実力行使を伴う運動は衰えた。代わって、無気力、無関心、無責任の“三無主義”の空気に覆われていった。


まず、この論説委員は、何を前提にしているかと言えば、憲法で保障されたという“ナンチャラカンチャラの自由”だそうだ。
だが、それは、私達皆が住む「日本社会」を健全に運営する責任を負った上での話しだ!
無責任な人間や犯罪者、あるいは、未成年者にはその権利は無い!
尤も、その代わりに、責任も負わせていないがね。

「自由」というのは、日本社会に貢献するという義務や責任の上に、与えられるものだ。
単にお貰い乞食のように、“ちょうだい!ちょうだい!憲法で保障されているから、ちょうだい!”というものではない!

ただ、残念ながら、私達の日本では、欧米と違って「個々人の社会への貢献」は、あまり喧しく言われて来ず、暗黙の了解(例えば、道徳など)で済まして来たために、憲法には明文化して来なかった。
ところが、自由!自由!と叫ぶ連中は、これ幸いと、自分勝手な自由だけを要求し、「社会に対する義務」や「社会への責任」を無視して話をしている、謂わば、甚だ厚かましい連中なんだ。

例えば、「義務教育」という制度は、何も政府が勝手に押し付けたものではないんだぜ!
日本人は皆、何も知らない子供・学童の時期から、学校や社会で、自然の物事や社会の色々な仕組みや規則などを学び、やがて成人になった時、自分自身の力で(一部ずつ)日本の社会を支える力を持たなければいけない!って皆がそう考えた。それが「教育」という形になっているわけだ。その「教育」をベースにして、やがて個々人の能力差に応じて、自分達の「仕事」を通じて、若者たち皆が、「皆の日本社会」に貢献してもらわねばいけないのだ!
「義務教育」とは、日本社会が負った「施す義務」であり、また未成年者が負った「受ける義務」でもあるんだ。

高校生達は、“政治運動”が先ではない!先ず、「日々の仕事」を通じて、社会に寄与・貢献しなさい!
いや、その前に学びなさい!
日本社会に対して、誰がどのような貢献をし、社会を運営(お金の支払いだけ)し、経営(将来の収入も考えた)しているのか?
また、自然災害との戦いや他国との争いには、誰がどのように対処するのか?
それらには、私達個々人は、どんな役割を果たすべきか?などをしっかり学びなさい!

そんな現実を学ばないでいて、「ナンチャラの自由」だとかを、こうした(愚かな)論説委員達の口車に乗せられて、自由だ!何でも自由だ!と叫ばないようにしなさい!
何も学ばずに居て、何も責任を負わず、“私は自由だ!”というのは、“野人”か、“非文化人”か、“愚者”以外の他の何者でもない!

公債残高.jpg[日本国の借金の現実]

で、高校生諸君は、今の日本国の財政状態がどうなっているか知っているかね?
現在、大赤字なんだぜ!そして、それの利息支払いために、更に借金を重ねている。
しかも、それが年々増大し続けているんだ。

その借金の担保には、私達日本国民皆の貯金や労働が、黙って充てられているのだ。
誰も、あからさまに云いたく無いし、云えば責任を負わされるだけから、皆が逃げ回って臭いものに蓋をしているのが現状だってことだ。

それで、私達皆が選挙で選んだ、国会議員達が何をやって来たかと言えば、みんな良い子ぶって、国民の要求をなんでも全部かなえよ!と騒ぎまくって来た結果、アングラの形で国の借金の積み重ねを続けて来たわけだ。

今の国会議員達の多くは、国庫のお金を使うことが出来ても、国庫を潤すことが出来ない。
そんな智恵も能力も無いからだが、そんな無能力な国会議員を選んで来た私達一般庶民・市民・国民も愚かなら、そうしたことを一言も云わないマスコミも愚かなのだ。

この東京新聞の論説委員も、その口だ!
そうした借金が、将来どのような形で若い人達を襲ってくるか?
どんな被害が出て来るか?など、一言も書かないだろ?

そして、それによる被害を出来るだけ少なくし、皆が苦痛を味わわないようにするには、どうすればよいか?
そのためには、個々人がどれだけ、どんな工夫しなければいけないか?など、マスコミ連中など、一言も云わないだろ!

相変わらず、責任を他人に押し付けたまま、自由!自由!って云ってれば済むと思ってやがる!
そうした借金の破綻で、将来被害を被るのは、今の若い人達なんだぜ!

じゃあ、そうした借金を減らすにはどうするか?
消費を減らす?だけかね?
だが、一旦始めた「贅沢」は、麻薬みたいなもので、なかなか止められないものだ。
逆に、皆が釈迦力になって稼がないと|働かないとダメなんだ!
日本中の企業が皆「ブラック企業もどき」にならないと、とても追い付かないくらいなのだ。

安倍首相の案は、「アベノミクス」と「一億総活躍」だ。
あれは、他人事では無いんだぞ!
私達日本人皆が、懸命にやらねばいけないことなんだぜ!

あれは、将来の日本人を悲惨な生活から救うための“一つの方策”なんだ。
高校生自身も、自分達の借金のことだ!真剣に対処案を考えてみよ!
自由だ!ってことは、対処案を考えないでいいって事ではないんだよ!
日本国の借金なんて、他人任せで、誰か他人が考えることだ!ってのは、卑怯なことだよ!
真面目な高校生なら、そうしたことを自分でも悩み、皆で解決策を考え、それを上手く実行出来る人物は誰か?それがやれる国会議員(達)を探そう!選ぼう!と考えなさい!
ベストでなくても、ベターでも我慢し、多くでなくても、少しでも構わないから、それを選びなさい!
もし、そうした課題から逃げ出すような話(自由)なら、そんなのは無責任以外の何でもない!
高校生達は、しっかり学んで、研究して、良い案を産み出すべきです。
それが、高校生達に皆に課せられた課題です。

posted by 亭主 at 00:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年05月13日

日本に、ヘイトスピーチ法は無用だ!

産経ニュース (2016年5月4日)産経ニュース (2016年5月4日)

やはり、日本の国会議員の多くは、本当に自国の「文化レベル」の程度が低いとでも思っているのかね?
国会議員達は、私達普通の日本人に対して、差別用語や人種差別などを発することを「禁止する法案」を用意しなければいけない程、“私達日本人全体の品質・人品が低下して来た”とでも云いたいのかね?
つまり、「法案化」ってのは、(国会議員も含めて、)日本人全体の「文化レベル」が下がっていると宣言しているようなもんだぞ!
謂わば、国会議員達の、私達国民に対する一種の侮辱だ。
(法案を通すのに賛同した議員達は、全員落選だ!)

[人権尊重と個別レベルの分散]
“言葉を知らない野獣”から“知性を持った人間”へと進化して来るにしたがって、「文化レベル」は上がって来るべきものだし、現に世界中がそうなって来ている(はず?)。
多様な言葉を知り、多様な人間の生き方や、起き得る相互の摩擦などを知って、私達人間は、その「文化レベル」を上げて来た。
だが、同時に、(人権擁護の観点から?か、)その「多様性の許容・共存」や「レベルの高低への広がり・分散」も、許されて来たようだ。
それが進んで、程度の高い(他人思いの優しい)人間も居れば、(言葉を選べない、荒くれた)極めてレベルの低い人間も増えて来たわけだ。

[日本の国会議員へ]
そうした全体を一括りにして、国として「法案」を作ろうなどと考え始めたわけだが、それは日本国の「文化レベル」を無視したものの考え方だ。
国として、「文化レベル」を下げてしまおうというわけだ。分かるかな?その意味が!
早い話、あんた達は、他国人の尻馬に乗って、自国は、文化レベルの低い、愚か者の国だ!と宣言したいわけだ。(バカだにゃぁ!)

昨今、(日本国や日本人種の実態を知らない)世界各国(の頭だけの連中)や、特に国連の委員会の連中が「ヘイトスピーチ禁止」を求めているのは、ずっと「文化レベル」が低い国に対してであって、(世界の実情を知らない)私達日本人種が、敢えて積極的に反応し、対応しなければいけないような話ではない!

[日本の文化レベルを認識せよ!]
国会議員達は、私達の日本国が、(日本を知っている、あるいは知りたいと思っている)世界の一般人からは、安心・安全で優しい国だと見られていることは、知っているはずだろ!
...それはなぜだか、分かるかね?
私達の日本国は、世界から抜きん出て「文化レベル」が高いからだ。
多くの日本人が「謙虚」であり、「他人への思い遣り」も必要(以上)に持っていて、他人に対してもちゃんと振舞えるからだ。
日常は、「暴力的な行為」も少ないし、何でもアリ式の「言論の自由」(皮肉)だってあるし、
...勿論、心底には偏見や差別意識はあることは、否定しない。だが、それを適切に抑えるだけの良識も持っている。
それが、日本の「文化レベルの高さ」なのだ。

だから、何でも彼でも、国連の(無知な)人権擁護委員会や(在日)他国人やシンパ達などの尻馬に乗って、「ヘイトスピーチ法案」など、作るんじゃあない!
今回のは、廃案にすべし! その代わりに、もっと日本人種の良さを助長するような法案(例えば、“おもてなし法案”とか?笑)を考えなさい!

posted by 亭主 at 08:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年05月10日

朝日新聞また虚報・誤報!

朝日新聞デジタル (2016年5月10日)朝日新聞デジタル (2016年5月10日)

朝日新聞の記者・編集者達は、また、“ごまかし風虚報”を流しているな。(愚か!)
記事曰く、
...「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会(事務局・相模原市)は10日、「戦争放棄を定める憲法9条を保持している日本国民」が今年も同賞候補にノミネートされたと発表した。ノルウェーのノーベル委員会から連絡があったという。

ノーベル賞への申請が受け付けられただけで、「ノミネートされた」と誰が云ったのかね?
いいかね!「ノミネート」という言葉を、英和辞書ででも調べてみなさい!
因みに、WikiPediaに依れば、
・・・ノミネート(nominate)とは、候補に推薦、登録、指名するということ。主に表彰ないしそれに類するものの候補に選ばれたときに用いられる。
とある。
それを、朝日新聞の記者・編集者らは、ご丁寧に実行委員会とやらの口調を、そのまま“受け売り”で、「ノミネートされた」と活字にしてるが、「報道」として恥ずかしくないのかね?
だが、ノーベル委員会は、審査状況は秘密で、その議事録も残さないそうだし、ましてや一旦決定した内容は、絶対取り消さないという話だ。

[ノーベル委員会に対する失礼な侮辱行為だぞ]
そんな堅い委員会が、申請者に対して、事前に「ノミネートしました」などと色よい返事などをするわけが無かろう?!
もしも、そうしたとしたら、ノーベル賞の「格」は、いっぺんに地に落ちてしまうに違いない。
ということは、申請者(の愚か者)達か、朝日新聞の記者・編集者達は、ノーベル賞を貶める「贔屓の引き倒し」と同じ事をやっているわけだ。

[日本国憲法の私物化は許さない!]
断っておくが、私達一般日本庶民・市民は、こんな実行委員会の連中ほどの無知な阿呆ではない!
私達は、ノーベル賞の意義を認め、受賞は優れた人達にとって眞に栄誉あるもので、更なる励みになる賞だと思っている。
それゆえに、「憲法九条」のような宗教的な戒律風の文言に、賞を授与することなど論外なのだ。
第一、実体が無い!具体的な行動も無い!何もしないことにノーベル賞を出す馬鹿が、何処の世界に居るのか?

私達は、実行委員会の連中の思慮の無い浅墓な考え方は、理性に誓って容認しないし、彼らが提案するノーベル平和賞の受賞などは、絶対に受けない!

実行委員会の連中にや朝日新聞の記者・編集者達に言っておくが、私達日本人皆の規範である日本国憲法を、それの良し悪しは別にして、勝手に私物化してはいけないぜ!
民主主義国家では、申請する価値があることは、国民全員が賛同する案件でなければいけないんだぞ!

勝手に個人で、憲法を使って賞などを申請するな!
個人で賞を受けて私腹を肥やすのは、人倫に反することだ!
多分、実行委員会の連中は、そんな意味すら分からないのではないか。

posted by 亭主 at 21:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年05月06日

在日米軍の費用負担?

毎日新聞 (2016年5月6日)毎日新聞 (2016年5月6日)

米大統領候補:トランプ氏に一言、言っておきたい!

「日米安保条約」に関することで、そう気安く“費用云々”なんて云って欲しくないね。
“米国がお情けで、在日米軍を置いてやっているんだ。その費用は、もう米軍・米国が払う必要は無い”なんて云うつもりなのかね?(愚か!)

まぁ、私達の日本国も、自国の軍隊(自衛隊)の費用位は全部自国で賄いたいと思ってはいるが、生憎、目下手元不如意なんだ。
慌てて無理に捻出しようとすれば、日本国の経済に(多少の)波風が立つだろう。そして、日本国も借金で首が回らなくなってしまう。

米国人同様、私達日本人も、どうやって国の経費(軍隊の費用)を捻出して行くか悩ましい処なんだが、仕方が無いから、当面は米国に預けてあるお金(米国債の分)を引き落としながら、それで手当をしてもいいかね?
それだと、米国からお金(現金)が出て行くこともなかろう?
ま、米国経済の基盤に、(多少)影響は出るかもしれないがね。

トランプ氏がもし米国大統領になったら、その件に関して、日本国首脳と一度、じっくり話し合って貰いたいものだ!
それまでは、軽々しく日本が
全額負担せよ!などと叫ばないで欲しいね。

posted by 亭主 at 07:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年05月05日

複眼視の勧め

東京新聞・国際 (2016年5月5日)東京新聞・国際 (2016年5月5日)

相変わらず、この東京新聞の記者・編集者達は、単眼思考・狭視野だにゃぁ!(苦笑)

先ず、その「了見」が狭い(単眼的な)のは、「原発の科学技術的な問題」に、“ノーベル文学賞作家なる人物”の意見を取り上げたことだ。
科学技術や研究には、門外漢のはずだが?

この記事程度の“ご意見”なら、私達一般人の意見だって、そう違うものではないし、そんなに“ご大層な見解”でもないんだぜ。
喩え、科学技術が進歩したって、事故というものは、必ず起きるものだってことは、皆知ってるし、誰も反対はしない!ってことだ。

だが、そうした事故を科学技術が、どれほど減らして来たか?、どんな人達・人種・国民にそれが出来るか?
むしろ、日本国の日本人は、これから先の科学研究や技術開発面で、どれ程優れた安全設計が出来るか、それをどのように進めて行くべきか?って方を問題にすべきだろ?違うの?
日本の新幹線は、他国のよりも安全性に優れているんだろ?それと同じことだ!

[誰に何を警告だって?]
なのに、大袈裟に、“彼女は、警告した”だってさ!
彼女は、日本国に対して、そんな責任や任務を負っているのかね?

この記事で、わざわざ“ノーベル賞作家”というレッテルを貼っておくのは、“その意見そのものに重みが無いから”ということなんだろ?
(責任や任務の無いことを誤魔化すために?)
東京新聞の記者・編集者達はそう思ったのだろうが、それは浅墓というもの。

[記事曰く」
...「原発事故とは何か。三十年たってもその本質を理解している人はいない。私たちは今もこの問題の蚊帳の外にいる」と述べた。

私達一般読者(何が本質で、その蚊帳とは何かが、ある程度分っている)は、この記事が(チャンチャラ)可笑しくて仕方が無い。(失礼!)

[赤面すべきことだ]
“本質が理解出来ていない”ってなことを、さも大袈裟に云うってのは、作家としては当然の手法・態度・仕草なんだろうけど、“無知丸出し”ということで、普通、自分のことなら赤面モノ|恥ずかしいことなんだぜ!(苦笑)
あるいは、他の人達のことなら、失礼極まりないことなんだぜ!ぶちのめされても、文句は云えないんだぞ!(怒)

[無知から来る恐怖]
そして、“科学技術は理解不能だし、原発事故や放射能は怖いものだ”という単純な恐怖感だけが、この作家の云いたい「本質」だってことだ。
それは、“自然現象・災害は理解不能だし、大地震や大津波、大噴火は怖いものだ”というが如し。
(その小説は、無知恐怖感だけがテーマだな)

[専門外の仕事]
また、“蚊帳の外”とは、多寡が一作家風情が参画出来ない|すべきでない「国家全体の運営や経営」という“蚊帳の中”に(入れないのに、無理に)入りたがっている振りをしているだけの話だ。

例えば、「文学」は、誰でもがその恩恵を受けることが出来ようが、そうした「作品を生み出せる人間」は限られるはずで、それを「専門家」と呼ぶ。
作家も然り!それは、「科学」や「政治」の分野でも同じだ!

だが、注意しなければいけないのは、ある分野の専門家が、別の分野でも専門家になれると自惚れることがあるらしい。自分の“人気の源”を勘違いしている連中は、特にそうだ。
この御仁も、そうみたい。口では、反対のことを云っているが、実は、私のいうことが真実だ!てな気でいるらしい。日本にも、そうした連中が沢山居るようだがね。(苦笑)

[一事が万事?]
東京新聞の記者・編集者達は、「原発の恐怖」にしびれてしまい、あれを止めさせる方にばかり力を入れて、「原発反対の話」であれば、何でも飛び付いて、それを拡大しようと吹き捲る悪癖がある。
もう、そろそろそうした怠慢・怠惰・怠け癖から脱皮してはどうかね?

「未知の恐怖」ってのは、(病人でなければ、)それに慣れて来れば、怖くなくなるもんだ。
その時どうするか?・・・ より安全性の高いモノやコトを、要求すればよい!
あ、だけど、「自然・再生エネルギー」なんて、効率の悪い、子供の趣味的なモノを、要求してはダメだ。
大人のエネルギーを狙いなさいってことだ!

[科学技術と予算増額]
その為には、「科学研究」や「応用技術」の進歩を、ワイワイ言って促すことだ。
例えば、原発研究に、もっとお金をつぎ込め!優秀な研究者を増やせ!
その代わり、原油の輸入を減らして、その代金を研究予算の方に廻せ!などなど。

昔は「走る凶器」だった自動車が、今では無くてはならない「庶民の足」になっているだろ!
「原発」も、そうなるように仕向けよ!

東京新聞の記者・編集者達は、他の分野や似た事例を見て、総合的に物事を考える、そんな複眼を持ちなさい!

posted by 亭主 at 09:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年05月04日

憲法読みの憲法知らず


おやおや、この東京新聞の記者(?)は、私達の「日本国憲法」を文学作品の読後感のような話で、綺麗ごとばかり並べているが、もっと大切なことをなぜ、始めに書き出さないのかな?

例えば、「保険契約」は、「被保険者」が「保険金を受けとる権利」は、保険契約者が「保険金の支払義務や責任」を負った上で有効になる話。
つまり、『権利の前に、義務ありき!』てんだぜ!知ってるかね?

それと同じで、戦後70年間で、私達国民皆がそうした「権利」を受け取れて来たのは、莫大な「税金」を払って来たからなんだ。

公債残高.jpg日本の借金とその伸び

だが、実は、その大半が「借金」なんだがね!
この記者は、それ知ってた?

多分、知ってて知らんぷりなんではないかな?
そんなの知〜らない!
だって、国の借金なんて、私(達)のせいじゃないもん!
国が、きっと政治家達や官僚達がヘマやってんでしょ?

まぁ、一般人なら、無責任にそう嘯いていれば済むんだが、東京新聞の記者なら、それだけで済ますには恥ずかしい|恥ずかし過ぎるのでは?(ホント、“困ったちゃん”だな)

今の日本人は皆、(憲法で保証されているという)「色々な権利」は、その「借金」で賄われて来たということも、ちゃんと書かないとね!
もしかして“憲法違反”になるかもよ。
 ・・・国民は知る権利があるのに、なぜ東京新聞は隠したままで、知らせないんだ!?ってね。

その借金が、今では(女子供、税金未納者らを含めて)一人当たり800万円以上になっているのだ。(財部氏のサイト

[借金のツケは?]

それに、そうした「借金の大きさ」や「借金の伸び率」は、日本が世界の中でダントツなんだぜ!

国の借金の話は、憲法で保障する権利云々と不可分なんだぞ!
そして、その借金は、全部、将来の日本人、つまり若者達や子供達、孫達に押し付けることになるんだぜ。
ボケ老人ならいざ知らず、少なくとも記事が書ける新聞記者なら、借金でする買物額は、収入を越えてはいけない!ってことぐらい分かるはずだろ!え?

[収入は輸出で]
ところが、その収入を増やそうとしても、効率の悪い働き手(引きこもりやニート、やる気のない若者達)しか社会に送り出せない状況がずっと続いているんだ。
しかも、休日やゆったり勤務などがやたら増えて、仕事の効率は下がるばかりで、実質収入は減る一方。
そして、国がそれを補助するために、その借金が減ることは無い。

優秀か、真面目な働き手を、(家庭から)社会(=日本国)へ送り出さないと、国の収入は増えない。
因みに、「国の収入」ってのは、資源の少ない日本国では、「石油の輸入」(=支出)や「食料品の輸入」(=支出)を上回るような「高付加価値の輸出」(=収入)なんだぞ。間違えるなよ!

日本国の憲法を読んで「感想文」を書くのなら、そうした相対する問題も一緒に書かねば!
でないと、この「感想文」には、評価点は最大でも49点(100点満点だが)しか上げられないね!
posted by 亭主 at 17:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年05月03日

護憲論は無知か無能か非情だ!

東京新聞・共同通信 (2016年5月3日)東京新聞・共同通信 (2016年5月3日)

平生の東京新聞共同通信の記事群に比べて、この「憲法改正に関する」記事は、珍しくクールだな。まぁ、悪いことではないが。(笑)

クールなのは結構だが、実は、「報道」には、もっと積極的にやって貰いたいことがある。
それは、日本国の憲法改正に反対している連中、所謂“護憲”勢力の“非道さ”や“無知さ”について、「一般向けに、分かり易く丁寧に報道して貰いたい」ということ。

非道さ”は、敵性スパイか、異思想で洗脳された連中に見られ、私達の日本国がどうなっても構わないという連中の特性・態度なのだ。
彼らは、兎に角日本国を潰そう!日本国を他国(政府)に売り渡してもよい!
その為には、日本国防衛の強化などは邪魔になるわけだ。

その頭の中には、私達&自分達の日本国を、何としてでも敵性外国勢力から守らねばならないという意識は無い。
只々、自分達の敵は、私達の日本国政府や私達日本の一般庶民・市民であって、敵性外部勢力などではないのだから、困ったものだ。

一方、“無知さ”は、今更救いようが無い連中の特性・態度だ。
昔流行った、「私作る人、私食べる人」の“食べるだけ”の連中だ。

自力では何も出来ないにも拘わらず、扇動され易く、“何もしない、何も変えてはいけない!”という声に、簡単に誘導されてしまう連中なのだ。
彼・彼女らは、自分で考える能力が無いから、他人、特にTV著名人達が“話す・叫ぶ結論”の「受け売り」しか出来ない。

例えば、なぜ護憲なのか?を詰問すると、ワンパターンで、「受け売り文言」を繰り返す。
曰く、
...私達日本人は平和を愛するから!
...武器を捨てれば、戦争をしないで済むから!
...9条を守れば、平和が守れるから!
...憲法を変えなければ、9条が守れるから!?

というわけだ!?
これは、「手段」を「目的」にしてしまっている“”だ。
そうした考えが、非論理的、非現実的なものであっても、“妄想(一種の信心)”だとは気付かないし、分かろうともしない。(その極端な例が“オーム真理教”だ)
金切り声を上げ、泣き叫べば自分達の想い=妄想を押し通せると思い込んでいるのは、困ったものだ。
(我侭放題な子供と気弱な母親、そのものだな!)

[無知に、投票権は無用!]
最近、投票率を上げることが、民主主義だ!と勘違いしている連中や話が多い。
明らかに「目的」と「手段」とを混同しているのだ。

そのため、選挙権を18歳以上に引き下げたわけだ。
そして、やおらに、「若い人達は、投票とは何か?を学ばねばいけない!」などと、泥縄式の話をしている。(あほか!本末転倒も甚だしい!)
お膳立てをして貰わなければ、投票に行かない行けない連中を、無理に投票させる意味は、まったく無いのだ!

それと同じ話が、“非道さ”や“無知さ”を建前とする困ったちゃん達にも当て嵌る。

日本の民主主義では、皆の投票によって選んだ国会議員達に政治をやらせる|やって貰うのだが、その政治の仕方次第で日本国が今後生き延びられるか、壊れて行くかが決まるわけだ。
先般、故民主党(今の民進党)が政権を担当した時、何が起きたか?

「日本国の首相」が他国の首脳から公の場で罵倒されたり、日本国の領海内で「日本の海保巡視船」が、シナ・中国漁船に体当たりされても、賠償請求もせずにその犯人(船長)を大急ぎで飛行機で送り返したりと、気弱さ・無様さ丸出しだった。
あれは、決して「毅然として、平和を守る|守りたい国」の態度ではなかっただろ?!

結局、“無知、無能”は、日本国を潰すってことだ!(あんた達ぼんくらも、私達一般庶民・市民と一緒に潰されるんだぜ)

...だが、それではいけない!
私達日本国を何とか生き延びさせようと考えるべきだ!
その為には、憲法や法律や教育制度を、逐次新しくする力・活力を持たねばいけない!

米国だって、変わろうとしているご時世だぜ!
何時までも、古い考えに縛られていては、“米国大統領がトランプ氏になったら、どうなる?どうしよ?”だけしか云えないだろ?!
そんな様じゃあ、激変する世界の中で、私達の日本国や国民は、まともに生き延びられないぜ!

タグ:憲法記念日
posted by 亭主 at 08:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年05月01日

岸田氏は、何しに中国へ?

YOMIURI ONLINE (2016年4月30日)YOMIURI ONLINE (2016年4月30日)

今、日本のTV番組で、「Youは、何しに日本へ?」というのが人気だそうだ。

この岸田氏に、私達一般人は似たような言葉で、問いたい。
一体、「シナ・中国へ何をしに行ったんだ?」って。

安倍首相に要望されているから、仕方無しに行ったようにしか見えないが、“子供の使い”か?
それとも、外務省の連中のお膳立てが、下手糞だったからか?

[会談の成果は?]
岸田氏は、“首脳会談の約束”が取り付けられただけで、“出張の成果だ”とでも思っているのかな?
あるいは、官僚達に、“それで十分で〜す”と褒められ、誤魔化されて満足しているのかね?

...しっかりした「パイプ造り」が出来たというわけでもなさそうだし。
...友好を保ちながらも、お互いに相手と本音に近い話が、ビシバシと出来るような間柄になる見込みも薄そうだし。

岸田氏には、残念ながら、そんな「芸」や「情熱」や「人物的な深さ」があるようにも見えないが。
(まぁ、これは無いものねだりの類ではあるんだが。苦笑)

私達一般日本人から見ると、岸田氏は、単に、相手から“毒気”を吹き掛けられただけらしい。
“首脳会談”をしましょう!という話なら、外務官僚同志で済む話だろうと思うがな?
「露払い」として、一応は、外相同士の外交が必要なのかもしれないが、重々しくも無いし、何とも“冴えない露払い”ではある。

[首脳会談では]
安倍首相は、これまで多くの諸外国(首脳達)との付き合いで、大分、“世界慣れ”されてきたことと思う。

もう、これまでのような“シナ・中国への迎合的な”日本国ではないことを、肝に銘じておいてほしい。
日本国は、“対等”か、乃至は、“文化的には上位”であることを念頭に、丁重にかつ強い態度で、話し合いをすべきだ。

特に、東南アジアとの連携の中で、日本国に期待されている懸案事項も多々あるはずだ。
そうした課題も、“重み”として、シナ・中国首脳と、対峙して貰いたい。
...くれぐれも、日本外務省の弱腰外交根性に、引き摺られないように!

[対等外交を!]
安倍首相は、(シナ・中国担当の)外務官僚達には、あらかじめ釘を差しておくべし!
...日本国は、どこぞの朝貢国などではないんだぞ!って!

私達日本一般人は、今回の岸田氏の出張を見て、心配になって来た。
未だに、(シナ・中国担当の)外務官僚達から、その風潮気配が抜け切れていないらしいからだ。

安倍首相には、私達一般庶民・市民・国民が束になってバックアップするから、シナ・中国の出そうとしている杭を強く打ち潰して来ることを、お願いする。
その上で、健康的かつ積極的な関係を築いて行く努力を、望みたい。

・・・ 真の友好関係は、そうした後で生じて来るものだ!
・・・ 友好関係が、先にあるものではない!

posted by 亭主 at 08:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記